2011年ロンリーハーツ植物紀行
われ幻のオキナグサを見たり。岩手ウブウブ編

この場所ならきっと有ると思った。
オキナグサ
野生のオキナグサを見なくなって久しい。
(私の知る範囲で)秋田でまだ残っているのはO市くらいだろうか。しかし数は少ないし、株は貧弱で気息奄々の有様。
O市の現場でこの花を探すのは、けっこう根気を要する。

昨年8月、岩手の某高原(「岩手のとある高原お花畑*2010年8月下旬 盆花編」参照)を訪ねた時、この場所ならきっと有るはずと確信。
標高も高いので、開花は5月下旬頃かなと睨んでいたが、ちょうどその時期、本業で盛岡に出張が入った。
時間と天候が許すなら、立ち寄ってみようと思った。
28日午前中に空き時間が出来た。しかしこの日の盛岡地方は朝からしっかりと雨。写真撮影には絶望的なコンディションだったが、行けばナントカなるのではないか。
そう念じつつ、某高原にたどり着いたら、あら不思議、雨が止んでいた。
草原の春はまだ浅い。火入れしたのか、焼け焦げたような痕が少しあった。

枯野の中に何やら白っぽい植物体が。
近づいてみると、それはニョロニョロ(ムーミンに出てくる不思議な生き物)じゃない、オキナグサだった。

私とオキナグサとの出会いはとても古い。昭和30年代、それも小学生になったかならないかの頃と記憶している。
以前、作成した『オキナグサ挽歌』の中から、そのあたりに触れた一節を引用してみる。

私が子供の頃、最初に好きになった花は、オキナグサ Pulsatilla cernuaです。それは少数ながらも、家(実家)のすぐ近く、田んぼ道の脇の芝地に咲いておりました。
全身を包むシルバーの長毛、赤とも黒とも紫ともつかぬ不思議な色合いの花、それも何故かうつむき加減を選択したその心根、いずれも他の野草にはない高貴なサムシング♪を感じさせるには充分でした。
私は1本抜いて持ち帰り、自慢げにバッパ(祖母さん、人間の女性の翁)に見せました。
そしたら、バッパに、「(`◇´)そりは毒花だがら、ちょすな!(触るな) ガ●(チン○ン)腫れるど!」と叱られました。
だからと言ってこの花が嫌いになったわけではありません。余計、興味が増し、その想いは、この花の属すキンポウゲ科全体にまで広がって行きました。
その後、例の田んぼ道は、水田の区画整理事業でなくなりましたが、オキナグサはそれより一足早く姿を消してしまいました。
・・・
それから20年以上の歳月が経ち、とある場所で偶然オキナグサに再会しました。当時、オキナグサは絶滅寸前の悲劇のヒロインに祭り上げられておりました。
ところが、最近は、早春のホームセンターで、ポットに植えられたものがいっぱい売られてます。
種子から育てられたものだと思いますが、温室育ちのそれらを見ても、かつてのような感動はありません。

そんな私の思いとは関係なく、オキナグサは咲いていた。


丈が低く、うつむき加減で咲く花の中を覗くのは至難の業だが、
折角の機会だからと、少し無理してみた。
この株は赤味が強い。
手前のチューリップのような葉はスズラン。

今回は汗拭き用にと余分に持参していたタオルが役に立った。
それを敷いて、寝転がり撮影したのが、この二枚。
毛々々の妖怪妖精


オキナグサあるところにアズマギクあり。
しかしその逆は真ならず。
アズマギクの咲き出しモード

このスミレはタチスボスミレの一種のようだ。
このエリアにはスズランも多い。開花までにはまだ少し時間がかかりそうだ。


シラカバ
この地では、(スギとブナとナラばかりの)秋田では見られない素晴らしい森林風景が広がっている。同じ東北とは思えない。

近くの林でカタクリの群生に遭遇。

おそらくこれが今年のラスト・カタクリになるだろう。
カタクリを写し始めたら、急に雨脚が強くなってきた。もう店じまいして、盛岡に帰ろう。

高原の春は、風の又三郎のように、猛スピードで駆け抜けて行く。
次(秋田のケブケブ)行くよ〜
裏庭トップに戻る
モガ狂トップに戻る
管理者注:本頁の写真は(`◇´)何人たりとも無断使用はまかりならん!
(本頁は2011年6月18日にアップしました。)